子育てで勘違いしがちなこと:話せることよりも聞くこと

子育てをしていると、どうしても子供が話すことに目がいってしまいがちです。

今日はこんな発言をした。こんなことを伝えてくれた。新しい単語を使って一所懸命話をする子供ほどかわいい存在はいないでしょう。新しい単語、新しい表現を身につけた自分の子は誇らしいものであり、それが第二言語であればなおさらでしょう。 

しかし、コミュニケーションで一番大事なことは話せることでしょうか。

周りの方々を想像してみてください。

みなさんが、この人に会いたい、と思う人は話し上手な人でしょうか。

新しい知識や知恵を授けてくれる人でしょうか。

面白い話で笑わせてくれる人でしょうか。

 

おそらくどの要素よりも必要不可欠なのは「話を聞いてくれる人」なのではないでしょうか。

耳を傾けてくれる人こそ会いたいと思える人です。

 

なぜならコミュニケーションの中心は「聞く」ということだからです。

 

人がこの世に生まれる前からできることは「聞く」という行為です。

言葉を発する前に、非常に大量の言葉を聞きます。

お母さんのお腹の中にいる間も喋ることはありませんが、全てを聞いています。

また何かを習うときも、ピアノだろうが、野球だろうが、まずは人の話を聞くということが大事になります。

どんなスーパースターもコーチが必要であり、聞くということが大事にされています。

我流でやって伸びるのは、しっかり人の話を聞いた人だけです。

 

このように「聞く」という行為は、人間社会に生きていく上では必要不可欠な要素です。

それなのに、「聞く」よりも「話せる」ことに意識が行ってしまうのは、ただ大人が安心したいだけなのかもしれません。

巣鴨キッズではこの「聞く」という活動を中心とした1日を子供達に過ごしてもらっています。

先生の指示を聞く、ルールを聞く、音楽を聴く、読み聞かせを聞く、友達の話を聞く。

聞くことができる子供は、どんどん成長して行きます。

逆に聞くことができない子供は、皆から見はなされてしまいます。

「聞く」という行為こそ、コミュニケーションの中心なのです。

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